めありのおひま箱

独身OLの日常を徒然なるままに。転職話、お料理、お出かけ日記、教育熱弁など書きます。

仕事辞めた話⑦~6月。30歳で結果出す女性は性格がキツイ~

めありです。

 

このシリーズだいぶ放置しておりましたが、いい加減忘れないうちに書いときます。

 

私は新卒で入った会社を5カ月で辞めました。

今回は当時の6月何してたかの話をします。

いろいろ書きますが、前提としてあるのは

 

めあり、飲食業向いてない

 

です。学生時代に飲食店でバイトしておけば、まだマシだったかもしれません。完全に未経験の文化系女子が、いきなり正社員として飲食業界に放り込まれるとこうなります↓

 

 

5月は工場でゴスゴスに怒られまくって、6月は売り上げNO.1のお店で実技研修でした。私の研修先は実家から通える距離でしたので、6月は実家で過ごしました。

 

お店の仕事は

・副菜系のおかずの準備(火使わん。用意された合わせるだけ)

・主菜系のおかずの準備(火使う。味付けもする。)

・揚げ物

・ご飯炊く

・ご飯や混ぜご飯のパック詰め、値段をつける

・弁当や丼ものの用意

・レジ打ち

・店内美化

・洗い物

・掃除・消毒

・その他いろいろたくさん

です。

 

これをすべて並行しながらスピードを求められていました。これは1カ月そこらでは無理な話でした。店長は30代前半の二児の母。ザ・やり手な方でした。

やり手すぎて、怖かったです。体育会系の雰囲気に人生で触れてこなかったので、工場と同様「丁寧に・早く・正確に」のどれか1つでも抜けていたらダメって言われるのは、辛かったです。まあ、正しいんですけど。3つとも出来なきゃダメなんですけど。自分がどうしようもなく使えない人間に思えて、自己肯定感が薄れていきました。

 

 一番印象に残っているのはお昼時の丼ものの準備です。レジ奥の炊飯ジャーに滑り込み、丼もののご飯を決まった量、決まった容器につぎます。ついだら、保湿シートをかけて厨房に持っていき、それぞれ決まった盛り付けをし、フタをして、シールと値札をペタペタはり、店頭に運びます。

これを集中して出来たらいいのですが、 副菜作りながら、レジしながら、店内の商品を整えながらなので、一向に進みません。正直、丼ものを準備しているスペースはレジから死角で離れているので、その間は別の近くの人がやった方が結果的に早いのでは?と思っていました。慣れない作業をしているのに「めありさん、レジ待ってるよ(# ゚Д゚)」と言われ、レジしていたら「めありさん、丼ものは?ご飯が冷めるでしょ(# ゚Д゚)」と怒られ、そのたびに謝りながらバタバタしていました。いやまあ、こんなもんなんでしょうよ。飲食キツイことくらい知っていますよ。でも、それにしても成長する兆しが見えなさ過ぎでした。

 

もともと緊張やストレスがお腹に来やすいので、就業前は必ずトイレに籠らねばなりませんでした。そのために、私は15分ほど早く来て5分弱トイレでお花を摘んでから就業時間10分前には仕事を開始していました。もちろんタイムカードもトイレの後です。

さて、そんなことをしていると店長に

 

ありさん、せっかく早く来たんだから早く仕事にとりかかってよ。時間がもったいないでしょ。

 

と怒られました。なるほど、そうなるのか。次の日以降、私は近くのコンビニに寄ってからお店に出勤しました。

 

やり手店長は、非常に優秀でした。素人が見てもそうでした。売り上げを追い続け、30歳そこらで大成するからには、数字の見方やお客様へのホスピタリティ、ニーズに対する攻めの姿勢が抜きんでていないといけないんだなと感じました。しかし、その過程で失われたものも感じました。それは「スタッフへの感謝」です。古株のパートのおばちゃん曰く

「5年位前までは、スタッフの人全員に日ごろのお礼のお手紙を書いたりしてたんだよ」

だそうです。自分のお店、自分の出世、自分のことで精一杯すぎて周りへの感謝を忘れているのだなと感じました。実際、私がいた一カ月の間だけでもパートの方が2名辞めました。この店長が真に優秀なら、きっと5年後10年後に「スタッフへの感謝」の大切さを取り戻すでしょう。

今、私は学習塾で長をしています。数字はイマイチですが、スタッフへの感謝の大切さは惜しみません。そこだけはやり手店長から学んで実践できたことです(笑)

 

 

ありさんは注意されたら申し訳なさそうにする。そうやって「今から人の注意を聞きます」って体制をとられると、こっちもあれもこれも言おうって思う。だから怒られても「あ、気を付けます♪」くらいの態度がいいよ。そしたら、注意してる側もその明るい空気で10個言いたいことがあっても、3個くらいで「まあいっか」ってなるから。

 

これは店長がよかれと思って言った、私に対するアドバイスです。まあ、そういうこともあるでしょう。果てしなく愛嬌があって「なんか憎めないんだよね~」って言われるような人だったらそうなのかもしれません。しかし、私からしてみたらこれは嘘だと思いました。あの会社でそんな態度をとったら「何その態度。真面目に聞いてるの?なめてるの?」とさらに怒らるのが目に見えています。強豪校の運動部員が、鬼顧問に怒られているときの態度が正解です。かしこまって、硬い表情で少しうつむいて「はい。・・・はい。すみません。」と鬼顧問の気が済むまで返事をするんです。私は、学生時代ずっと文化部で、そういう「折れない心!理不尽上等!」みたいな考え方とは無縁でした。

あと印象に残っているのはこれです。

 

ありさんのすごいところは、何回同じミスをしてもめげずにその仕事をするところだね。これからも頑張ってね。

 

これは研修の最終日に言われました。上に書いた丼ものの準備とレジ打ちを並行して行うことができなくて、3・4回店長に怒られていました。店長は本当に純粋に「めげない心がすごい!」って言いたかったのでしょう。しかし、私には皮肉にも取れました。もうこんなことしか褒めるところがなかったのでしょう。何度思い出しても自分にも店長にも苦笑してしまいます(笑)。

 

他の社員はOJTを着々とこなしていく中、私は遅れ気味で6月を終えました。

残念なことに、私が人の顔を覚えることが苦手でした。塾講師のバイトの時は、名前も知ってコミュニケーションもたくさんとるので大丈夫でしたが、一日に何百人も出入りするお客さんの顔を誰一人として覚えられませんでした。また、名前も知らない人に自分が作ったわけでもない食べ物を提供して喜ばれてもやりがいに結びつきませんでした。

まだ、この会社でなにものでもない存在だから仕方ないのかもしれない。もっと実力をつけていろいろ出来るようになったら変わるかもしれない。でも、役職のついた先輩社員がしきりに言っていた「お客様の笑顔のために」は当時の私は理屈はわかっても共感することはできませんでした。

 

不安しかない、やりがいなんてない、でもそんなことを吐露したら同期の士気を下げかねないし、先輩社員に煙たがられる。

 

そんなことを押し殺しながら7月。

私は正式に本社工場配属になりました。

 

めあり

 

今までの「仕事辞めた話」↓

 

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