めありのおひま箱

独身OLの日常を徒然なるままに。転職話、お料理、お出かけ日記、教育熱弁など書きます。

部落差別について考える

めありです。

 

10~15年ほど前、私たちの世代は小・中・高「部落差別」に関する授業を度々受けていました。

総合の授業か道徳の授業だったと思います。

 

部落とはもともとは「集落」という意味ですので、差別のために作られた言葉ではありません。

 

安土桃山時代の日本は人を武士・町人・百姓など明確に分ける制度がありました。

その一つに「穢多(えた)」「非人(ひにん)」と呼ばれる身分がありました。この人たちは、農業の他に

・罪人の世話

・牛馬の処理

・死体の処理

などを仕事にしていました。

この人たちは、他の身分の人から強い差別を受け、結婚相手や住む場所や着るものを制限されていました。

またこの人たちが住んでいた集落のことは「部落」と呼ばれ差別されていました。

 

これは、中学校の歴史でも習うことです。今の教科書にも載っています。

 

私は、小学校の小4くらいの時に初めて「部落差別」という言葉を知りました。

最初に思ったことは「へえ、世の中にはそんな差別があって、それは今でも続いてるんだな。でも自分の周りには聞いたことないな」でした。

そんな部落という存在すら知らなかったのに、学校の先生に

「部落差別の授業をするのは、周りの心無い大人に『あそこはブラクだから、あそこに住んでいる人たちとは関わるな』と言われても正しい知識で正しい行動をとるためです。」

「どこかは言わないけど、愛媛にも部落はある。学校の近くにも。だけど絶対差別しちゃいけません。」

と言われました。

 

こんなこと言われたら、小学生のガキンチョめありは逆に気になっちゃいます。

「愛媛にも差別されてる地域があるんだ。どこだろう。とりあえず自分が住んでいて差別を受けてないから、私の町は違うんだな。どこだろう。」

と考えていました。結局私が実際の部落を発見することはありませんでしたが、ずっと心の中で引っかかってました。

 

その間も学年が上がるごとに何度か部落差別しちゃいけませんの授業はありました。

私としては結構しつこいなと感じていました。

 

そんなに何回もしなくても差別しないし。

ていうかそうやって「差別しちゃいけません」っていうのが正しいのか。

「この人部落に住んでたんだな。かわいそう。差別しないようにしよう。」という考え方がすでに差別じゃん。

差別したくなくても、もう差別されていた事実を知っていたら、普通の人と全く同じように関わることはできないのではないか。

 

そう思っていました。

 

そして、高校2年生。

人生最後の部落差別の授業でした。

 

部落差別を受けていた人たちは大正時代に全国水平社という組織を立ち上げました。

彼らは部落に対する差別的な考えを撤廃させようと訴えました。

 

その全国水平社を作った人たちのエピソードアニメをみて、当てられた人がみんなの前で発表することになっていました。

 

私は、もううんざりしていました。

 

17年間生きてきて学校以外で部落なんて聞いたことない。

友達に聞いても誰も知らない。

もう、そんな時代は終わっているでしょう。

 

そんなことを思いながら見ていました。

 

当てられたクラスメイトたちは、「部落差別はしないようにします」なんて優等生な感想を述べていました。

 

そして最後に当てられたのは私でした。

 

私は長年の鬱憤を吐き出すがごとく

「今まで何度も部落問題についての授業を受けてきましたが、私生活で聞いたことがありません。もう私は、どれだけ意識したくなくても、『この人部落の人なんだ』と思ってしまいます。それがもう差別だと思うのでとても嫌です。私は、部落というものの存在を知らなければ良かったと思います。」

と言いました。先生はとても困っていました。

副担任だった新任の先生、尖りきった生徒でごめんなさい。

上からやれと言われた授業内容だっただろうに・・・。

きっと初めての道徳の授業だっただろうに・・・。

 

 

あれから8年経ちましたが、未だに部落について聞いたことはありません。

 

ただ、8年経ってあの授業も無駄ではなかったなと感じます。

 

「差別しないであげよう

 

これは偽善で、人を下に見ている証拠。

差別される理由があることを肯定している証拠。

 

これが学べただけで充分です。

 

ちなみに、今の子どもたちにはもう部落差別の授業なんてしていないようです。

まあ、今の子どもたちには「いじめ」や「SNSの使い方」など他に教えないといけないことが山ほどありますしね。

 

時代は変わりゆくものですね。

 

めあり